舳松人権歴史館

施設概要

同和問題の啓発と学習を目的として、部落差別に関する歴史や実態をグラフィックや実物資料、再現模型などで紹介しています。

所在地

〒590-0822
堺区協和町2丁61-1
(人権ふれあいセンター内)

入館料

無料

開館時間

午前9時30分から午後6時30分まで

休館日

月曜日(祝休日は開館)・年末年始

最寄駅

阪堺線 御陵前
阪堺線 東湊

バス停

南海バス 大仙西町団地前
南海バス 旭ヶ丘北町

 

企画展

-近代将棋をつくった二人-
阪田三吉と関根金次郎
 

「阪田三吉」の「吉」は機種依存文字の為、代用文字を使用しています。正しくは、吉の上辺は土です。

 < 2019年5月14日(火曜)から    2019年9月29日(日曜)まで>

阪田三吉は、1870(明治3)年6月、和泉国大鳥郡舳松村(現堺市堺区協和町)で生まれました。生涯師匠にはつかず、実戦で将棋の腕を磨いていき、1915(大正4)年2月、小野五平名人より八段位(準名人)を与えられました。

1921(大正10)年1月、小野五平名人が亡くなると、阪田三吉は次の名人の候補のひとりとなりましたが、阪田三吉自身に関根金次郎の名人就位に異論が無かったことなどから、同年10月、関根金次郎が名人位に就きました。1925(大正14)年4月、阪田三吉は度重なる後援者からの名人就位の要請を断りきれず、「名人位」に就きました。東京将棋連盟(現日本将棋連盟)は、当時は「一世名人制」であったため、阪田三吉が名人位に就いたことを承認せず、没後の1955(昭和30)年10月、日本将棋連盟より名人位と王将位が追贈されました。

関根金次郎は、1868(慶応4)年4月、下総国葛飾郡東宝珠花村(現千葉県野田市)に生まれました。10歳の時に上京、伊藤宗印八段(のちの名人)に弟子入りしました。1905(明治38)年8月、大橋宗金より八段位(準名人)を与えられ、1921(大正10)年5月、十三世名人に襲位しました。そして、1935(昭和10)年、名人を引退することを公表し、関根の意向を受けた日本将棋連盟は、「一世名人制」の廃止と「短期名人制」を導入することを発表しました。阪田三吉と関根金次郎はよきライバルとして、お互いに棋力を磨いていきました。そして、実力社会といわれた将棋界で頭角をあらわし、共に一時代を築きました。阪田三吉と関根金次郎は生涯32回対局し、阪田三吉の16勝15敗1分という成績でした。

今回の企画展では、阪田三吉と関根金次郎の生涯を振り返り、ふたりの主な対局を紹介します。合わせて阪田三吉と部落問題との関わりも紹介します。多くのみなさまのご来館をお待ちしております。

<会期中のイベント案内>

 <学芸員解説>

日 時: 2019 年 5月19日(日曜)、7月18日(木曜)、

9月20日(金曜)

各日14時から15時まで (但し、5月19日のみ11時から12時まで)

場 所:舳松人権歴史館 特別展示場内

参加費:無料

申し込み:不要

阪田三吉記念室

舳松出身の将棋名人・阪田三吉を映像『さんきい物語』や、ゆかりの品、記録写真などにより紹介し、業績を顕彰します。

「阪田三吉」の「吉」は機種依存文字の為、代用文字を使用しています。正しくは、吉の上辺は土です。

人権資料・図書室

同和問題をはじめ人権関係資料を中心に、小説や実用書などをそろえています。

開館時間

午前9時30分から午後6時30分まで

休館日

月曜日(祝休日は開館)・年末年始
館内整理日